良くないニュースが入ってきてしまいました。
沖縄県の首里城が火事で燃えてしまいました。
ほとんどの建物が消失してしまっています。
火災の原因はまだわかっていません。
前日まで祭りの準備をしていて電気を使用していたということだったので電源系統が原因かもしれません。
建物は指定されていないとは言え世界遺産で起こった火災です。
今ある建物は戦後に復元されたものですが復元作業も終わったばかりの時期に火事が起こってしまいました。
一つ疑問がわくのは首里城はお城なので元からこんなに燃えやすかったのかということです。
お城というものは戦いの時に攻め込まれないような造りにするのが通常です。
建物を見ればわかるとおり内地(日本本土)のお城とは異なります。
琉球王朝時代には内紛が絶えなかったため権力闘争に武器が使用できないよう時の権力者に武器を提出させて首里城の倉庫に保管していたという経緯があります。
薩摩藩が平和裏に支配したと言われていますがそれが可能になったのにはこのような裏事情もあったのです。
とは言えそれまでは内部での戦争もあったのですから元の首里城もこんなに燃えやすかったのか知りたいところです。
太平洋戦争時に一度消失しているではないかという方もいると思いますが、戦争時は首里城の地下に軍の司令部が置かれ軍艦から砲撃されて消失しているのです。
木造建築物に燃えにくい造りというのはあまりないのかもしれませんが復元がどこまでを再現したのか興味があるところです。
日本本土のお寺の木造建築も燃えやすいので復元前と大差ないのかもしれません。
その辺の資料も戦争時や今回の火災で消失してしまったということかもしれません。
いずれ再建してほしいという気持ちがありますが政府には米軍の基地問題を首里城再建の交渉に使って欲しくないという気持ちになってしまいます。