最近、福島県の原発事故で国家賠償を求めた裁判についての記事を書きました。
事故当時、国が公表していた津波の予測データを基に、予測可能な範囲で対策を講じていたとしても、結果を回避できる可能性が低かったということで国の過失が否定された裁判です。
この判決では結果回避可能性が低いため、過失の内容については判断しないまま請求が棄却されていますので、過失論の内容についての解説は別の機会に書くとお伝えしていました。
そこで、時間が経たないうちに、記事にしたいと思います。
刑事法と民事法にまたがるテーマなので2回に分けて書きます。
今回は刑事法の分野を中心に書きます。
まず、福島第一原発の事故については、刑事裁判では東京地方裁判所で東京電力の旧経営陣に対して無罪判決が出て、控訴され控訴審が現在も係属中です。
刑事事件で有罪となるには故意または過失が要求されますので、刑事裁判の方でも過失の審理は行われています。
以前刑事裁判の判決が出たときに書いた記事「原発事故の判決が出ました」でも書いたことを中心におさらいしておきます。
刑事法の分野でも過失論は1つの大きなテーマになっています。
もともと過失の考え方としては、結果予見義務や結果予見可能性を問題とする旧過失論と呼ばれる考え方がありました。
しかし、戦後間もない頃から高度経済成長期にかけて一般道や高速道路が整備されたことに加え、自動車が普及したこともあり結果予見可能性を問題の中心として捉えてしまうと、元々自動車を運転すれば事故は起きるかもしれないわけですから、予見可能性があった、つまり殆どの自動車事故で過失があったということになりかねなかったのです。
そこで、ある程度過失の成立範囲を絞る考え方として、結果予見義務や結果予見可能性に加えて、結果回避義務や結果回避可能性を問題とする新過失論と呼ばれる考え方が登場しました。
ところが今度は高度経済成長期に、日本では公害問題が起きたのです。
公害問題について結果予見可能性や結果回避可能性を問題にすると、有害物質の流出経路や化学変化の過程についてまで認識していなければ、結果予見可能性や結果回避可能性が無かったということで過失は無かったという言い訳を企業側に許してしまう可能性が出てきたのです。
そこで結果発生の危険について危惧感を抱きながら、これを解消する措置を取らなかったことが過失だという危惧感説、いわゆる新・新過失論が藤木先生によって唱えられました。
現在では、責任主義の立場から新・新過失論を主張する人は減りましたが、時代に即応した理論を構築できる学者の登場により、妥当な結論への修正が図られました。
これに加え、当時の裁判実務で過失は主観的な態様ではなく、行為であるという過失の客観化という判断構造の転換が起きて、司法の世界は大きく被害者救済の方向に傾いていったと言って良いでしょう。
法律というと決まった条文により決まった結論が出されるというイメージを持っている方もいらっしゃると思いますが、過失論のように法律が改正されていなくても、時代や規律対象によって理論が変遷する分野もあるのです。
理論的に一貫せず、非科学的で、その場しのぎの屁理屈のように感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、同じ法律から時代や事案に即した解釈論を展開するということは社会科学である法律学ではありうることなのです。
正反対の事を言っているようでも、それが解釈論の範囲に収まらなければ素人の感情論であり、解釈論の範囲に収まっていればプロの法律論ということになります。
今日主に書いたのは刑事法分野での過失の議論です。
福島の原発事故の裁判で問題になったのは国家賠償ですので、民事訴訟の形式で進められる行政訴訟での過失ということになります。
民事法分野での過失について次回書きます。