以前U.S.A(アメリカ)の連邦最高裁判所判事に誰が任官するのか、また任官する人がリベラル派なのか保守派なのかが案外日本にも影響するということを書きました。
最高裁判所判事の判断が日本に影響することがあるにしても、大統領の考え方は尚更影響が大きくなります。
その大統領選挙の時期が近づいています。
そこでアメリカの大統領制と司法の関係について書いてみたいと思います。
アメリカの大統領制ですが大統領制では議会と行政が完全に独立していることが特徴として挙げられます。
独立していると言っても統治機構としての制度上の話であって、アメリカのように共和党と民主党という二大政党制の場合、大統領もどちらかから選ばれるので大統領の出身政党は政策の支持に回り、残りの側は反対に回るという点では両者の間に関連性はあります。
アメリカの大統領制では極端な考えに基づき政治がなされる可能生がありますが、それが誤りだとなれば反対政党が政権を執ることが可能になります。
強力なリーダーシップに基づき、まずは実行してみる制度と言えるのではないでしょうか。
もしそれが誤りだということになれば反対側の政党から大統領が選任され軌道修正するという運用が可能となります。
日本の議院内閣制のように複数の政党が共存している場合では政策を実行に移す前に様々な利益を代表する議員が意見をぶつけ合い調整を図るということが重要になってきます。
ですから日本のように議院内閣制下で複数政党制を採用する場合「船頭多くして船山に登る」ということになりがちなのです。
アメリカの大統領制でも決してリーダーの意見だけで突っ走るわけではありません。
以前書いた連邦最高裁判所判事の話と関連させて言えば、極端な意見に傾きすぎないように反対政党からだけでなく司法からもチェックが働く仕組みになっているということが言えそうです。
複数政党制では事前に政策を実現する立法について多様な意見をぶつけ合って慎重に議論をしますが、同じような機能をアメリカでは反対政党と連邦最高裁が果たしているとも言えます。
ただアメリカも日本同様具体的な事件について憲法判断を行う付随的違憲審査制を採用しています。
というより日本の制度はアメリカから持ち込まれたわけですが。
そのため憲法裁判所がある国のように具体的な事件を離れて抽象的に憲法問題を審査するわけではないのですが、意見を言う機会は多く、影響力も大きのです。
もちろん違憲判断をすることもあるわけで、そのような場合政策実現に影響が出てきます。
そのため以前書いたように大統領は自分の意見寄りの最高裁判事を指名しますし、今回のようなケースの場合、大統領選が終わった後に新しい大統領が最高裁判事を指名すべきではないかという意見もあったのです。
やってから見るか、見てからやるか
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「天下分け目」