条文の順番からすると表見代理に入りたいところですが、表見代理は無権代理であることが前提になるため、無権代理から書きます。

無権代理とは代理人として代理行為の形式は取って法律行為を行ったけれども、代理権がなかった場合をいいます。

代理人が全く代理権を有していない場合はもちろん、付与された代理権の範囲を超えている場合もその部分について無権代理ということになります。

無権代理にあたる場合、原則としてその法律行為の効果は無効となります。

ただし、本人が追認して有効にすることもできますし、無権代理の相手方は無権代理人に対して責任追及できるので、事案に応じて柔軟な解決の選択肢が増えるわけです。

以前書いた自己契約、双方代理や利益相反行為の効果について、改正法が無効ではなく、無権代理であるとみなすことにしたのも、解決方法として、事案に応じて相手方の選択が可能になるからだと思います。

無権代理制度は元々ありましたが、今回改正されたのは無権代理人の責任についての規定です。

制度としては元々本人の追認が得られなかった場合、相手方は無権代理人に対して本来の契約の履行の請求や損害賠償の請求ができました。

この無権代理人の責任が無過失責任であることに対応して、これまでは、過失がある相手方は無権代理人の責任が追及できませんでした。

無権代理人が自分に代理権があると思い込んでいた場合は、相手方に過失がある場合に責任追及できなくても、ある程度バランスは取れていると思いますが、無権代理の場合、代理人と称している者は勝手に代理行為をしている場合がほとんどです。

そのため、無権代理人が自分に代理権がないことについて悪意の場合(法律上「悪意」というのはある事実を知っていることを意味します)は、相手方に過失があるにしても無権代理人の責任を追求できないのはバランスを欠くのではないかという指摘があったわけです。

そこで改正法では、無権代理人の善意、悪意に応じて、相手方の主観面の要件も分けて責任追及可能かどうかに違いを設けるという規定に変更しバランスを取っています。

無権代理人が自分に代理権がないことについて善意の場合(知らなかった場合)、相手方はそのことについて悪意又は過失がある場合に無権代理人の責任は追求できません。

これに対し、無権代理人が自分に代理権がないことについて悪意の場合(知っている場合)、相手方は悪意でなければ、過失があっても無権代理人の責任が追及できるという内容になりました。(民法第117条第2項)

ここで、少し理論的な問題に深入りしてみたいと思います。

以前、制限行為能力者でも代理人に選任できるということを書きました。

その際、制限行為能力者が代理行為を行っても、本人は代理人が制限行為能力者であることを理由に相手方との間の法律行為(代理行為)が取り消せないことも書きました。(民法第102条)

では相手方との代理行為ではなく、代理権を授与した本人と制限行為能力者である代理人との間の行為(授権行為)は取り消せるのかという問題です。

結論を言うと、どのような立場を取ったとしても、制限行為能力者でも代理人として有効に代理行為ができるという結論は変わりないので、取り消せない、あるいは、取り消せても無効を代理行為の相手方に主張できないと考えて問題ないということになります。

この問題についての直接定めた規定は無く、従来から議論が分かれている代理権授与行為の性質とその解釈の問題ということになります。

代理権授与行為については本人と代理人との間の委任契約や、それに類する契約(例えば雇用、請負)に付随する無名契約と考えたり、契約ではなく単独行為と考えるのが従来の考え方です。(無名契約というのは民法に規定されている13種類の契約にあてはまらない契約という意味です。単独行為というのは契約のように双方の意思表示があるのではなく、一方からのみの行為ということです)

代理権授与行為は本人と代理人間の内部契約とは一応別の契約ないし法律行為と考えられてきたということです。

注意が必要なのは、この内部契約や代理権の授権契約ないし法律行為については、代理権付与に関する問題なので、制限行為能力者(これから代理人となる)は代理人ではなく、本人として行為しているということです。

テクニカルな考え方なので補足すると、典型的な、本人が代理行為を「委任」する場合で説明すると、委任契約とそれに付随して代理権授与行為が別に存在すると考えることになります。

最近では、授権行為に瑕疵がある場合に、相手方をどのように保護すべきかという問題として捉える考え方も出てきています。

従来の考え方からすれば、代理権の授権行為を特に単独行為と考える場合、本人からの一方的な行為ということになるので、代理人になる制限行為能力者側からの取り消しということを考えなくて済むことになります。

更に、代理人になる制限行為能力者に不利益がないことを考えると取消しを認めなくても代理行為をしなければ良いだけともいえそうです。

なぜ、この問題に深入りしたかというと、もし代理権授与行為自体を制限行為能力を理由に取り消せるなら、取消により代理権が消滅し、制限行為能力者のした行為が無権代理となる可能性があるからです。

しかし、どの学説の立場にたつとしても、本人と代理人間の契約に代理行為の相手方が拘束されるわけではありません。

ただ、制限行為能力による取り消しではなく、何らかの事情により代理関係を終了させようと考え、契約が解除されたり、あるいは授権行為が取り消されたり、撤回されて代理権が消滅することは考えられます。

もっとも、契約解除の場合は第三者保護規定があります(民法第545条第1項但し書)ので、従前の法律行為の効果に影響はありません。

代理権消滅後に無権代理となる可能性を考えればよいでしょう。

代理権消滅後に代理行為を行えば無権代理にもなりますし、代理関係が終了していることを相手方に知らせていなければ別の機会に書く表見代理として代理権終了後の表見代理によって無権代理行為の相手方が保護される可能性が出てきます。

再度強調しますが、これは相手方との代理行為を制限行為能力者であることを理由に取り消せない(民法第102条)のとは別の話です。

これとは別に、では制限行為能力者が勝手に無権代理行為をしてしまったらどうなるかという問題があります。

これについては制限行為能力者でも無権代理になります。

ただし、制限行為能力制度で制限行為能力者が保護されるのと同じ趣旨で、無権代理人としての責任を負わないことが新法で明記されました。(民法第117条第2項第3号)

制限行為能力者が無権代理行為を行った場合、相手方は制限行為能力者に対して無権代理人の責任を追求できないことになります。

それでは、相手方が可愛そうだと感じる人がいるかも知れませんが、それは元々の制限行為能力者が行った法律行為(代理ではない)の相手方が、制限行為能力制度によって制限行為能力を理由に取り消された場合と変わらないのだと考える他ありません。