日本の刑事裁判では、一定の重大犯罪については、裁判員制度が導入されています。

一般の人が裁判手続きに参加する制度です。

札幌市のすすきので起きた男性の殺害事件でも、裁判員制度が行われています。

被害男性の首を切断し、持ち帰ったという事件です。

問題は有罪か無罪か判断が難しいということではなく、裁判手続きの中でこのような猟奇的な事件の場合に、一般の人がどこまで証拠となる捜査資料を見ることが適切かということになります。

捜査の中で被害男性の遺体などが撮影されていることは想像できます。

これを一般人の裁判員がそのまま目にするのは、ほぼ日常生活では目にすることがないであろう画像や映像を見なければならないことになります。

実際今回の裁判では、裁判員が、凄惨な画像を目にしなくて済むような配慮がなされたようです。

画像を図に置き換え、文章で説明がなされていたようです。

刑事裁判では、供述調書などは伝聞証拠になることは多いですが、写真は状況を伝える直接性が高いため、伝聞証拠であるにしても、異なる取り扱いがなされることもあります。

図にしてしまうと書き手の主観が加わったり誤記の可能性が出てきてしまうため、他の伝聞証拠と変わらない取り扱いを受けることが増えるように思います。

手を加えすぎても問題が出てくるし、そのまま画像を見せるわけにもいかないという難しい問題です。

今回裁判員として参加した6人のうち3人が朝日新聞の取材に応じ、そのうちの1人は、図や文章で説明された証拠について、はじめは違和感があったが、文章による説明を読んでいくうちに冷静に判断できたと思うと回答しています。

おおむね裁判資料が適切に作成されたのではないかと思います。

しかし、注意も必要です。

裁判員が納得しやすいということは、裁判員が納得できる方向で資料が作成される恐れもあるということです。

その点に注意して、刑事司法制度を運用していかなければなりません。

更にもう一つ考えなければならないことがあります。

それは、裁判員が目にするのは適切ではない画像を、これまで裁判官は見て判断してきたということです。

裁判官は法律の専門家ですが、決して猟奇的な画像や映像を見ることの専門家ではありません。

同じことは、警察の捜査員にも言えます。

裁判員制度で裁判官のこのような負担が少しでも和ぎ、刑事司法制度への理解が進めば、法秩序維持にも役立つのではないかと思います。