昨日、ギャンブルについて肯定的な意見を書いたため、私が自分でギャンブルをしたいからではと感じた方もいらっしゃるのではないかと思います。

実は、私はギャンブルをあまりしません。

絶対にしないというわけではないのですが、好んでギャンブルにお金を使ったりはしないのです。

では、なぜ肯定的な意見を書いたかというと、世の中にはそのぐらいの遊びの要素があっても良いのではないかと感じているからです。

一家の大黒柱のギャンブルにより一家離散を経験した人からすれば、甘いと言われそうですが、個人的な意見としてだけでなく、公的にもギャンブルは利用されてきました。

ご存知のように先の大戦で日本は焼け野原になりました。

その復興のために、公営ギャンブルが利用されてきたのです。

収益が復興に使われてきただけでなく、公営ギャンブル場の施設がある場所は、空襲がひどかったり、軍事施設があった所などが多いです。

それに加え、ギャンブルやりたさに一生懸命働き、せっせとギャンブルに興じる。

このような労働者が戦後の日本を支えてきました。

そのお金を使って、戦後の復興を成し遂げてきたという要素もあるのです。

時代は変わって、復興しなければならない状況はあまりなくなりましたが、決まったお給料を得るために働き、ギャンブルをするなと言う気持ちにはならないのです。

しかし最近、政治家の中に票集めのために、安易にカジノ建設を公約に掲げる人がいますが、そのような政策には反対です。

もっと他に人やお金を集める手段があると感じるからです。

戦後の復興など手段が限られている場合ならともかく、現在の状況で安易にカジノなど造るべきではありません。

外国人が、他の国にはないものを求めて日本にやってくるような国にすべきなのだと思っています。