最近、伊豆諸島沖に新しく出現した西之島に関するテレビ番組を見ました。

どのように生物が生息していくのか調査が行われていました。

まず有機物が何も無いところへ鳥がやってきます。

鳥は植物の種子や昆虫などを運んで来ることもあります。

これまでは植物などが腐って土になると考えられていたため、植物が見られるようになって初めて土ができると考えられていましたが、飛んできた鳥の死骸をエサとして昆虫が分解し、更に小さな生物がそれを食べ糞を出すことによって土ができていくことがわかりました。

つまり植物が見られる以前に土が存在するのです。

そうすると、鳥が植物の種子を運んで来た場合に、より生えやすくなります。

このように火山活動により陸ができると、そこに生命をもたらすはじめの存在は鳥ということになります。

古代の日本人が、その鳥を神の遣いとして、神社に鳥居を造ったこともうなずける気がします。

現在、火山活動と共通した原因をもつ地震による、鳥居の物理的危険性が指摘されています。

鳥居の設置方法や設置基準には統一性がありません。

建築基準法の適用も考えられますが、大きさにもよるため、同法の適用は自治体の判断によって異なる取り扱いになっています。

安全性を確保することが緊急の課題になっています。

一方で古代日本人は鳥に霊性を感じ、神の遣いのとまり木として鳥居を造ったと考えられますが、現代では建築上の理由や経済上の理由から、特に都市部において神社仏閣の施設が、あまり霊性が感じられない建築物になって行っているような気がします。

政教分離が貫かれるなら、宗教的な部分については役所の出る幕ではありません。

そこで神職の出番となりますが、神職に携わる人達は建物(宗教施設)の近代化に何も感じないのでしょうか?

霊性を感じられる人が、霊性を感じられる建物で、神仏を崇めるのでなければ、単なる旧跡にしかならなくなってしまう気がします。