前回、実験の結果がベルの不等式を満たすかどうか、CHSH不等式という修正版が作られて実験が行われたことを書きました。

実験の結果、ベルの不等式の上限を超える値となり、ベルの不等式が破られることが確認されました。

ベルの不等式の範囲に収まっていく、すなわち古典物理学という追い込み漁の網に引っかかると思った魚は、網をすり抜けてしまったのです。

しかし、古典物理学に反するという結果は簡単には受け入れられないため、様々な角度から検証が行われ実験結果には疑義もありました。

そのため、結果が一度出ているのに、ここからが大変だったのです。

なぜなら「量子もつれ」は、量子同士の結びつきについての現象なので、量子同士の結びつきの関係を示す結果が、実験装置の影響なのか、量子自体のものなのか区別がつきにくいのです。

当初、偏光版を固定して観測したため、偏光板が固定されていることが結果に影響しているのではないかということになり、偏光板の角度が変わるような装置で実験が行われました。

この結果も、ベルの不等式が破られるという結果でした。

次に、角度が変わる機構自体が、結果に影響を与えているのではないかということになり、機械的にランダムに角度が変わる装置で実験されました。

この結果も、やはりベルの不等式が破られるというものでした。

それでも、ランダム性や機械的にランダムに動く機構が結果に影響を与えているのではないかということになり、最終的には2つの偏光板、それぞれが別の銀河から得た宇宙線を元に作られたランダム性によって、2つの偏光板それぞれが全く影響を受けないで角度を変える装置によって実験が行われました。

最終的に、ここまでやって、やっとベルの不等式は破られるという結論に至ったのです。

ロールプレイングゲームで例えると、ベルが実験方法を支える理論的な根拠となる不等式を導き出し、アラン・アスペ、アントン・ツァイリンガー、ジョン・クラウザーといったメンバーが、実験で試行錯誤を繰り返し、ベルの不等式を修正したCHSH不等式によって、やっと「局所性」という古典物理学のラスボスを倒し、「実在性」を得ることができたのです。

この間に実験がうまく行かず、敗れていったパーティも存在します。

ベルの不等式から、この実験のために用いられた、CHSH不等式を導き出し、「量子もつれ」の存在を証明した研究者、アラン・アスペ、アントン・ツァイリンガー、ジョン・クラウザーの3人が、2022年のノーベル物理学賞を受賞しています。

これにより、アインシュタインやシュレディンガーのような考え方ではなく、シュレディンガーの猫で言われている内容の方が正しいと証明されたのです。

不確定な状態が複数存在し、1つの状態が確定すると残りの状態も確定するという量子論の世界でいうような物理現象が存在することがわかったのです。

この「量子もつれ」は、量子同士が、どれだけ離れていても、同時に起こるため、古典物理学の修正が迫られています。

光の速さを超えて情報が伝わるのではないかという考えや、何と呼ぶかは別にして、マルチバースあるいは多次元世界が存在するのではないかといった考え方に繋がっていきます。

また、「量子テレポーテーション」や「量子コンピュータ」の研究へと発展していくものでもあります。