アベノミクスと言われる経済政策が実施され、インフレ率の上昇を目指しましたが、インフレ目標は上手く達成できませんでした。

円安やウクライナでの戦争など、経済政策とは別の事情で物価が上がり始めています。

ただ、依然として物の値段は、高いとは言えず、本来そのぐらいの価格なのではと感じる部分もあります。

スーパー大手のオーケーは、他店の方が安かった場合に、他店と同じ値段まで値引きするというサービスを実施してきましたが、その際の値引き額の一部を約30の取引業者に補填を求めていた疑いがありました。

これが独占禁止法に違反する可能性があるとして、公正取引委員会の調査を受けていました。

オーケー側が改善策を実施し、独占禁止法に違反する可能性がなくなったとして調査が打ち切られることになりました。

私は、他店の方が安いから値段を下げろと言ったことはないのですが、少しでも安く買いたいという気持ちはあります。

アンフェアな取り引きはするなといいたいところですが、そのような行動に駆りたてている責任の一部は、私達消費者にもあると思います。

オーケーに限らず、小売店では値引きの店舗や協賛金など、名目を問わず、同様の金銭負担の要求は行われることがあります。

人の労働に対する適正な値段を支払わなければならないということを頭ではわかっても、なぜ送料が無料はないのかと思ってしまうのが現実です。

この手の話で思い出すのが、魯迅の話です。

「阿Q正伝」で知られる魯迅は「水に落ちた犬を打て」と言ったそうです。

弟さんが、水に落ちた犬を打つのは感心しないと言ったことに対する発言です。

背景を説明すると、中国での革命闘争が激しかった時代、魯迅は革命運動家でした。

弟さんは、敵である反革命派を「犬」に例え、敵であっても、窮地に追い込まれているものに更に追い打ちをかけるのは感心しないという意味で発言したようです。

これに周囲の人も同調し、中国人はフェアプレイの精神に欠けるところがあると言ったことに対して反論したのが先の魯迅の発言です。

つまり、反革命思想に染まった者に容赦すべきではない。

可愛そうだと思って手を緩めるから反撃されるんだ、そんな余裕あるのかということが言いたかったのだと思います。

何の関係があるかというと、弟さんが言うように、取り引きで言えばフェアトレードすべきという気持ちもあるのですが、魯迅の言うように、ある程度余裕がないと、そのようなことも言っていられないという気にもなってしまうのです。

不当要求や談合の問題でも根は一緒なのではないかと思います。

懐具合に余裕がないと、フェアトレードも難しくなってしまうと思うのです。

犬を可愛がることができるように、経済を立て直さなければなりません。

深い意味はなく、決して反革命派を応援しようという意味ではありません。